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VTuber、ピーナッツくんの2ndアルバム。2021年リリース。
1. 笑うぴーなっつくん
ピーナッツくんというキャラクターをメタ的に俯瞰しつつ、このアルバムでのスタンスを表明するリリック。初っ端から毒をカマしてくるのが前作「False Memory Syndrome」とは異なるこのアルバムのモードを感じさせます。
マシンガン的に繰り出される「日々意味ないことで満たす feeling から生まれてる新たなクラシック」などのフレーズにピーナッツくんの表現者としての矜持を感じさせて非常にカッコいい。
自己言及的な楽曲という意味で「ピーナッツくんのおまじない」と同じ類の曲ですが、段違いに増した攻撃性によりこの怨念と欲望渦巻くダークなアルバムの幕開きに相応しい楽曲となっています。
だって運動会とオリンピックは違うだろ?
君がいっとうしょうでぼくがビリでもそれは同じレースじゃないんだよ
マイノリティの牙が光るリリックで最高にクール。
2. School Boy (feat. もちひよこ)
前曲の銃声から間髪入れずこの曲のイントロが流れてくるのがまずカッコいい。
この曲は客演で参加しているもちひよこさんのVTuberとしてのキャラクターも加味してのことか、メルヘンチックな音色と重たいビートという相反する要素が絡むミュージカル的な曲になっています。
「教師と生徒」というメタファーで恋愛の駆け引きを歌っている歌詞ですが、なんとなくピーナッツくんの創作スタイルとして確実に存在しているであろう反骨心を表現しているようにも見えるのが面白いところです。あるいはインタビューの言葉から考えると、本当に人生の先達という意味での「教師」をもちひよこさんは演じているのかもしれません。
このアルバムを貫いている『恋愛』と『VTuber』という2軸の概念を象徴するような楽曲だと思います。
どことって見て正しいこと
ひとつもないね
ここすき。多分みんな好き。
3. 風呂フェッショナル (feat. Yaca)
間違いなくアルバム中最も平和な曲。この曲以外ほぼ全曲シリアスな雰囲気なので、これが無かったらかなり重たいアルバムになってしまっていたような気がします。
「サウナだと好きな人も限られてるかもしれないから風呂をテーマにした」という談ですが(もっと攻めて全編サウナについて語った曲も聴いてみたい)、重すぎないビートに乗ってふわふわした音色が包み込んでくる、のほほんとしたピースフルな雰囲気がまさにテーマに相応しい心地良さです。
Yacaさんのリラックスした語り口でのフロウも気持ちいい。ラストの掛け合いも(アルバム中では唯一と言っていいほど)「生身」のやり取りが感じられて和みます。
母の腹の中から裸だから
末端あったまったらまた彼方
数える那由多
しかし何気に韻の踏み方がエグい。確実に踏んでいくという強かさがまたカッコいいです。
4. My Wife (feat. KMNZ LIZ)
段々この曲あたりから空気が狂い始めてくるといいますか、ピンク色になってきます。
「俺の嫁」という現代日本では既に廃れていながら海外で「Mai Waifu」として未だに生きている概念を冠したこの曲は、誰がどう見てもVTuber←視聴者の一方的な恋というか性愛をぶつける歌。
物理的に届かない距離に居る魅力的な異性に(メタ的に)思いを寄せる楽曲はかつて「RAINBOW GIRL」や数々のボカロ曲などがありますが、それらとは違って「実在」してるのがかなりタチ悪いです。
ここまで弱者男性の欲望を代弁しつつ、LIZさんのヴァースでガッツリ脳破壊させてくるリリックを書ける兄ぽこは一体どんな世界を見ているのか……。煌めく音色で溢れたポップでキュートなトラックも相まって、楽曲に含有されている悪意で具合悪くなってくるレベル。
特にLIZさんが歌うヴァース、これよく歌ってもらえたな……(しかも快諾)ってマジで思います。
楽しみたいならお金払って
から始まる一連のフレーズはアルバムタイトルとも結びつく、VTuberの一側面を象徴する名リリックかと。
5. messed up! (feat. Marukido)
女性ラッパーのMarukidoさん参加ということで、他の楽曲よりも更に硬派なヒップホップという趣の楽曲。
現代日本を取り巻く混沌を象徴したリリックに不気味で蠱惑的なビートが光ります。
特にMarukidoさん自らの手によるリリックは「人を不快にさせる表現のオンパレード」みたいなレベルですっごい。「風呂フェッショナル」とは別次元の「生身」感を生々しく露出させるこのヴァースを、過剰に理想化された偶像崇拝を行う曲である「My Wife」の後に並べるという狂気の曲順。
ナナナーナナナーペニバンジョイマーン
ナナナーナナナーペニバンジョイマン
ペニバンジョイマンって何……?
6. zakkyobuilding (feat. チャンチョ)
外部からのゲストを迎えた曲は一旦終わり、チャンチョのラップをフィーチャーした楽曲。これがまたカッコいい。
前作では落ち着いたローテンポの楽曲に参加していたのでそこまでラップスキルが表出していませんでしたが、体温低めのローテンションでハスキーに繰り出すフロウがマシンガンのようでとてもクールです。最近更にイキってきたチャンチョのイメージにも合致する尖った印象の曲ですね。
Zakkyo ビル zakkyo ビル
エレベーターに乗って
また上に上がる
カッコいい
「エレベーター」の言い方が好き。
雑居ビルのアングラ感と、そこで何かすごいことが行われているというエモさが詰まった曲だと思います。
7. skit
短いスキット。まさにテレクラの通話を想起させるやりとりは大変いかがわしいし、ピーナッツくんの辿々しさにはこっちまで恥ずかしくなる。
「おしゃれになりたい!ピーナッツくん」というキャラクターはそもそも「まだ自覚していない(幼い)コンプレックス」が一つのコンセプトになっていると思ってるんですが、この曲もそういった5歳児的なコンプレックスが見て取れる作品ですねっていうのは多分深読みしすぎ。
8. KISS (feat. おめがシスターズ)
前曲のやり取りを引き継いで「いけないことをしたいよ」とこの曲に繋げるのがまたイカしてる。
おめシス参加の曲。雰囲気はなんとなく80年代っぽいダサカッコ良さも感じるところです。
おめシスを知っている身だとぶっちゃけ台詞にばかり耳が行くというかリオちゃんが頑張って素で(?)話してるのがまず面白いし、おめシスにまさかの歌でなく台詞を任せるのか……みたいなことを無限に考えてしまう。
もうわかったろう
ただ致したいの
ラストのピーナッツくんの矢継早に繰り出すフロウとそれをおめシスが塞いで終わる展開が本当に痛々しくて切ない。
このアルバムに入ってる恋愛の曲は、最後の一つを除いて全て一方的な思慕なんですよね。この曲も明らかに相手方は自分にそこまで魅力を感じていないであろう、というのが見て取れるのがとても悲しいし、凄まじい表現力だと思います。ラストの「愛より先に」の余韻が後を引く。
9. 未来NEXTメシ vs yanagamiyuki
とても好きな一曲。
バーチャルの先人である初音ミクとピーナッツくんの交互の掛け合いが耳に残る、途轍もなく中毒性高い曲。気づけば「ミート hope に転身 ye」って言ってしまう。間抜けなようにも不気味なようにも聴こえるメインフレーズと重いビートも耳にこびりつきます。
ぼくで飯を食うなんて
気持ち悪いよお前
やながみゆき人間やめ損なっちゃった?
今更なんだ?お前の動物性のタンパク
まさかのご主人様/ボカロPをdisるというペルソナvs中身のラップバトルの様相を呈するリリックも衝撃的です。
ミクさんのフロウも、人間のようにも聴こえるしシンセフレーズのようにも聴こえる、自然さと機械感が同居していてとてもカッコいい。
10. Peanuts in Wonderland
オペラチックなコーラスに導かれて始まる、浮遊感溢れる不気味でサイケデリックな一曲。
「zakkyobuilding」に引き続きチャンチョが参加していますがやっぱり高速で詰め込んで繰り出されるフロウがかっこいい。
「ピーナッツくん」という物語について寓話的に書かれたリリックは全てが示唆的ですが、
1900 何年 から記憶
されたお前はお前じゃないわ
からのフレーズは特に分かりやすく現実からの離脱を表しています。
生身としての存在とキャラクターとしての存在、その2つの関係性は前作の「幽体離脱」で歌われているようにまさに夢現と同じようなもので、バーチャルの存在になるということはすなわちアリス・イン・ワンダーランド的なことなんでしょうね。
11. SuperChat
これを聴いたぽんぽこさんが関西弁で激怒したという一曲。このアルバムで最も攻撃的な曲です。
リリックの全フレーズが(自分を含む)全てのVTuberへのdisりで成り立っているという凄まじい楽曲。
これをリリースしようとする度胸にまず称賛を贈りたいし、シーンを批評するという点で非常にヒップホップ的な意味でのリアルを体現していると思います。
なんつっても曲が良いっていうのが強いですね。シャウトと歪んだ暴力的な音が鬼カッコいい。あと、キレていたぽんぽこさんですらつい口ずさんでしまうフックの中毒性。
「My Wife」にも通じる、より直接的な怨念が渦巻く楽曲ですが、これを聞いていると本当に兄ぽこは普段から一体どういう感情でVTuberシーンを眺めているのだろうかという気持ちになる。
誕生日でもないのに
記念配信で多額を見込めるぜ
全文引用したい勢いですが、特にここすき。
12. ぼくは人気者
前曲とのギャップで風邪引くくらい牧歌的な曲。
ヤギ・ハイレグさんのトラックの雰囲気や仲間へのリスペクトを混ぜ込んだりするところも相まってホームでリラックスしている空気感が楽しい曲です。メイクマネーって感じでイキってるリリックも味わい深い。
しかしそこに挟まるチャンチョの「ピーナッツくんなに言ってんの?」のコーラスがただでは終わらせないひねくれ感があって好き。
13. ペパーミントラブ (feat. 名取さな)
このアルバムのハイライト。前曲のトラックがフェードアウトで終わり、煌めくシンセフレーズが入ってくるイントロでもうクライマックスなんだなと感じる。
ピーナッツくんは個性立ったフックを曲ごとに作るのがとても上手いと思うんですが、この曲のフックはその中でも飛び抜けてキャッチー。そのキャッチーさはピーナッツくんが「ぽんぽこさんこのアルバムちゃんと聴きました?」と問うた時にぽんぽこさんが真っ先にこの曲のフックを歌い始めるほどです。
キラキラした音色が折り重なる美しいトラックにピーナッツくんの熱の籠もったエモーショナルなフロウが乗っかるところから既にエモい。
そして「当然ファーストだった」から始まる名取さなさんのボーカルが入る瞬間、ここに間違いなくアルバムの一番のカタルシスが設定されているように思う。そのピュアな歌声とリリックがこのアルバムに込められた悪意も怨念も欲望も全て浄化していくような感覚を覚える。
まさに少年漫画的なピュアネスのあるリリックですが、トラックメイカーが同じであり雰囲気が似通っている「My Wife」や一方通行だった「KISS」とは異なり、双方向的な繋がりであるという事実に救いを感じます。
致し方ないことぼくしちゃった
のかも頬つねって感じる
あの日の予熱
ここの「いぇい」好き。オクターブ違いで重なる名取さなさんのフロウがすごく可愛いししっかりラップしてて魅力的。
14. Unreal Life (feat. 市松寿ゞ謡)
このアルバムを作る動力となったと言っても過言ではない「Unreal Engine」をタイトルに冠した最終曲。
ピーナッツくんと市松寿ゞ謡さんの歌声、ヒステリックな音色のシンセ、生音のベース、あらゆる音が引力によって歪められたような音像はUnrealと呼ぶに相応しく、あまりにもカッコいい。
そしてもはや小節を逸脱するピーナッツくんと市松寿ゞ謡さんのフロウがまさに異世界へと飛んでいくような壮絶な浮遊感を醸す。
「ペパーミントラブ」で浄化された空気でそのままどこへともなく飛んでいくような、アルバムの、そしてピーナッツくんの「次」を感じさせる楽曲です。
子供たちが眠りにつく頃
ピーナッツくんは無限の彼方へ行ってしまった
彼らは一体何を考えているのだろうか
綴る想いは泡沫の如く
されどこだまするのだあの鐘のように
まとめ
「恋愛」というモチーフを用いてVTuberシーンの今を描いた、素晴らしい作品だと思います。是非聴いてみてください。
あとライブも大変エモかったです。
ぶっちゃけこの記事で書いてる話は全部ここに載ってるので、あわせて読んだ方がよいかと思います。
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